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脳神経外科の立場から見た乳がん 乳がんからの脳への転移の発生頻度は、5.9%から39%と報告者によってかなりの差があります。 脳への転移は、臨床診断では,軟部組織、骨、肺、肝に次ぐ第5位です。しかし、病理解剖から の報告では、頭蓋内転移率は、乳癌が最も多く、約50%にもなり、転移が多いとされる肺癌の転 移率を上回ります。つまり、乳がんは最も脳に転移しやすいがんと言えます。

また、乳がんの生存率はステージによって大きく異なります。一般的な乳癌の5年生存率は、ステ ージ0期で約95%、1期で80%、2期で70%、3期で50%、4期で30%程度です。ステージが進行する と,救命が難しいのです。早期発見が、いかに大切かがわかります。

私たち脳神経外科医が、乳がんの患者さんに接する機会は,乳腺外科からの紹介によることが多 いと思われがちですが,一般外来や救急外来で遭遇することが意外と多いのです。

軽い頭痛、手足の違和感,力が入りにくいなどの症状で外来を受診される方もいらっしゃいますし, 意識消失や全身けいれんなどで,救急車で搬入されることがあります。私の経験では,こういった 患者さんの多くは,あまり高齢者ではなく,まだ成人していない子供さんを持つ女性が多い印象が あります。インパクトが強いので,印象に残っているだけなのかもしれません。こういった方の中 には,原発巣である乳がんが見つかっていない患者さんもいます。脳の転移病変が先に症状を出し てしまっているのです。

印象深い患者さんのケースを書いてみます。時代の変遷がわかるかもしれません。

20年以上前ですが,私がまだ若かった頃,山陰のかなり山奥の小さな山村で,高齢の女性の乳がん 末期の患者さんを訪問診療したことがありました。高齢の御主人が,自宅で,潰瘍を作ってしまった 妻の胸を消毒し続けていました。治療というものではありませんでしたが,一生懸命、奥さんの介護 をされていらっしゃいました。入院を薦めるも,夫婦共に,病院に入ることをこばみ続け,自宅で, 御主人に見守られて、息を引き取られました。

10年近く前,沖縄の病院で,てんかん発作を生じて救急で搬送された40歳代の患者さんは,頭 部MRIで、脳に10カ所以上の転移が確認されました。既に,リンパ節,骨,肺,肝臓への転移も認 められていました。当時は、沖縄県内にガンマナイフがなかったため,福岡まで、搬送して定位放射 線治療を行いました。ステージは進行していましたが,平行して、化学療法を行い、一時は症状も警 戒して,自宅に帰ることも出来たのですが,腫瘍の進行を抑えることは出来ませんでした。その後, 入退院を繰り返されました。小さな子供さんがいましたが,家族に見守られて,数ヶ月後に亡くなら れました。

6年くらい前には,外科からの紹介で,40歳代の多発性の頭蓋内転移の患者さんを治療したことが ありました。転移病変は嚢胞性で,大きなものは4cm程度の大きさがあり,開頭手術にて大きな病変 を摘出して,嚢胞にチューブを留置し,嚢胞を小さくした後に,定位放射線照射を行いました。 脳の症状は一過性に良くなりましたが,肺転移の症状が悪化し,血痰が出る様になりました。 外科にてホルモン療法や化学療法が施行され、一過性に症状改善しましたが,脳への転移がまた発現し, 同様の治療を繰り返しましたが、病状は徐々に悪化し,救命することはできませんでした。

10数年前,ガンマナイフが登場した頃には,転移性脳腫瘍は定位脳手術で,コントロールが出来る のではないかという、淡い期待がありました。実際,一過性には,頭蓋内の腫瘍を画像の上では消す ことが出来ましたし、臨床的にも症状も改善しました。しかし,あくまでも一過性の改善でした 。2007.6.28 第15回日本乳癌学会学術総会で、ショッキングな報告がなされました。

それは、乳癌の脳転移に対する定位的放射線治療では、脳内再発が高率であり、全脳照射による再発率 と比べ有意差があるというものでした。

詳細は,インターネットなどで調べていただきたいのですが,両群で有意差がみられたのは脳内再発率で、 全脳照射群と定位手術的照射群を比較したところ、脳内再発率は、全脳照射群15.7%に対し、定位手術 的照射群は55.7%で、全脳照射群の方が有意に少なかったのです。

病理解剖で50%も転移が見られる訳ですから,転移の数も必然的に多くなります。つまり,ガンマ ナイフやサイバーナイフによるモグラたたき的な治療では,画像診断で捉えきれなかった小さな病変 の制御が出来ず、後に大きくなるのだろうと考えています。

つまり、期待の大きかった定位放射線治療も,腫瘍を優位にコントロールできるものではなかったと いうことです。

一方で,最近では,タキソールやハーセプチンなど化学療法がかなり効果をあげており,一部の乳がんに 対してホルモン療法の有効例も報告されています。脳転移に対する新しい化学療法の報告もありますので, 今後、治療成績の向上は期待できると思います。しかし,治療が有効なのは,ステージの早いがんに対して であることは否定できません。まだ、今の医療レベルでは,脳に転移してしまってから治療しても, なかなか良い結果は期待できません。ステージの早い時期、つまり乳腺にがんがとどまっている段階に 発見して,治療を行うことが命を救う最良の手段です。定期的に乳がん検診を受けて,早期発見して 早いステージに適切な治療することが最も有効です。

脳神経外科の立場からも,乳がん検診を受けられることを,お勧めいたします。

H21.2.1 平尾 順


平尾順
平尾 順 院長
脳神経外科
日本脳神経外科学会認定脳神経外科専門医
日本脳卒中学会認定脳卒中専門医
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